「今日、子どもとどんな話をしたっけ」と振り返っても、思い出せるのは宿題や片づけの注意ばかり。そんなモヤモヤを抱えていたのが、ほんの半年前の自分でした。仕事終わりに何となくスマホを眺め、テレビの前で時間だけが過ぎていく毎日。
会話が始まっても「早くしなさい」「ちゃんとしろよ」という小言が先に出てしまい、笑い合う時間はどんどん減っていきました。その流れを変えてくれたのが、ある日の夕食後に息子が口にした「お父さん、僕も野球やってみたい!」という一言でした。

野球のルールすらあやふやな「ど素人の父」が、息子のチャレンジに付き合う中で、どのように距離を縮めていったのか。この記事では、わが家で実際に起きた出来事と、そこで試行錯誤したコミュニケーションの工夫を、良い面も困った面も含めてそのまま書いていきます。
少年野球に限らず、サッカーやバスケットボール、音楽や習い事など「子どもの世界」とどうつながるかに悩んでいる方にも、日常に取り入れやすいヒントとして役立ててもらえたらうれしいです。
「少年野球を通じて親子関係がどう変わるかについては、20年の少年野球指導で気づいた親子で乗り越えた本物の成長の記事もあわせてご覧ください。」
小学2年生の「野球やりたい!」が合図になった
野球との接点といえば、プロ野球中継をなんとなく眺める程度。バットとグローブの値段も、ポジションの名前もほとんど知らない自分が、まさか少年野球に関わるとは想像もしていませんでした。そんな自分の背中を押したのが、小学2年生の息子が雨上がりの夕食後にふとこぼした「クラスの友だちがチームに入ったんだって。
僕も野球やってみたいな」という一言でした。頭の中では「続かなかったらどうしよう」「道具の名前も分からないのにサポートできるのか」と不安だらけでしたが、目の前でキラキラした目をしている息子を見て、「完璧じゃなくても、できる範囲で一緒にやってみるか」と腹をくくりました。
あの日の息子の表情は、今でもはっきり覚えています。ゲームの新作をねだるときの顔とも、テレビに夢中になっているときの顔とも違う、「自分で決めたことをやってみたい」という光が宿った目でした。振り返ってみると、「まずは一歩だけ踏み出してみよう」と決めたこの瞬間こそ、それまで少しずつ離れていた父子の距離が、再び近づき始めたスタートラインだったのだと思います。
グローブ選びが「共通の話題」をつくった
最初に「父子で同じ方向を向いている」と実感できたのは、近所のスポーツ店でのグローブ選びでした。野球用品コーナーに足を踏み入れた瞬間、棚いっぱいに並ぶグローブを前に、親子そろって完全に固まってしまいました。
棚の前で「どれが一番キャッチしやすそう?」と同じ方向を見ながら手を伸ばした瞬間、これまでとは違う種類のコミュニケーションが始まったように感じました。いくつか試した中から、息子が自分の手にしっくりくる赤と黒のグローブを選び、「これを僕のお守りにする」と言ってレジに持っていった姿は、親の自分のほうが胸が熱くなる場面でした。
家に帰ってからも、そのグローブをテレビの前に並べて何度も手にはめ直し、「早く明日キャッチボールしたいね」と何度も話しかけてくれたことで、「野球」が父子の共通の話題になりつつあるのを実感しました。
それ以降、夕食の会話は「明日はどこの公園で投げてみようか」「今度はバットも握ってみたいね」と、自然と野球の話題で埋まるようになりました。これまで「宿題は?」「早くお風呂入りなさい」と指示ばかりだった自分の口から、「あのグローブ、使いやすかった?」「どの色の帽子が合いそうかな?」と未来に向かう質問が増えたことは、親としても大きな変化でした。
キャッチボールが生んだ「沈黙OK」の時間
グローブを手に入れてから間もなく、週末の夕方に近所の公園でキャッチボールをするのが、わが家の新しい習慣になりました。「付き添って見守る」ではなく、「父も一緒に汗をかく仲間になる」ことを自分のルールにしました。
最初は自分も息子もフォームがぎこちなく、ボールが頭の上を飛び越えたり、足元に転がったりの連続。それでも「今のはホームランボールだな」「その送球は魔球だな」と笑い合いながら投げ続ける時間は、うまく投げられるかどうか以上に、共通の記憶を増やしてくれる大切な時間になりました。
技術的にはお世辞にも上手とは言えませんでしたが、「昨日より少しだけ強く投げられた」「さっきより一歩前で捕れた」といった小さな成長を一緒に見つけるのが、こんなにも楽しいのかと驚かされました。
もう一つ大きな気づきだったのは、キャッチボールの最中は無理に話題を探さなくても、沈黙が不思議と気まずくならないことです。ボールを見つめながら互いに黙っていても、同じ方向に体を向けているだけで、どこか安心感がありました。
しばらく黙って投げ合ったあと、不意に「そういえば、最近どう?」と聞いてみると、「実はさ、今日学校でね…」と、息子のほうからポツリと話し始めることが増えました。自分もボールを受けることに集中していたおかげ。
家の中のように「それは違うだろ」「だから言っただろう」と口を挟まず、「へえ、そうだったんだ」と最後まで聞けることが多くなり、その分だけ息子の本音に触れられる機会も増えていきました。
「キャッチボールを通じた親子時間の作り方については、おうちと近くの公園でできる!親子で野球をもっと楽しくする遊び練習術の記事も参考になります。」
ミスを語り合えた日から態度が変わった
ある日の夕方、いつもより重い足取りで玄関に入ってきた息子が、靴を脱ぎながら小さな声で「今日、エラーしてみんなの前でコーチにしかられちゃった…」とつぶやきました。以前の自分なら「そんなの気にするな」「次頑張ればいいだろ」と、気休めのような言葉で早く話を終わらせてしまっていたと思います。
しかしその日は、いつものキャッチボールの流れの中でグローブを構えたまま、「そうか、そんなことがあったんだね。あのとき、どんな気持ちになった?」と聞き返してみました。息子は最初、顔を伏せたまま黙っていました。
数球投げ合ううちに「みんなの前で怒られて、恥ずかしかった」「次の打球が来たら、またミスするかもしれないって怖くなった」と、少しずつ言葉を継ぎ足してくれました。その話を最後まで聞いたうえで、「ミスしても、もう一度ボールを追いかけようとしている君の姿が。
父さんは一番かっこいいと思ったよ」と伝えると、彼は少し涙目になりながら「お父さん、ちゃんと見てくれてたんだね。ありがとう」と小さな声で返してくれました。
応援席から学んだ「いるだけで支えになる」役割
最初のうちは、「技術的なアドバイスもできない自分が、ただ応援席に座っているだけで本当に意味があるのだろうか」と、自分の役割の小ささにモヤモヤすることもありました。ところが、ある練習試合で三打席連続で空振り三振に終わった日の帰り道、歩きながら息子が「今日さ、お父さんがベンチの後ろからずっとこっち見てくれてたでしょ。
あれ見たら、ちょっと安心した」とぽつりと言ったのです。その一言を聞いてから、「何かを教えられるかどうか」以上に、「今日はちゃんとここにいるよ」というメッセージを行動で伝えることを意識するようになりました。
試合でミスをしたときも、活躍したときも、帰り際には必ず息子と目が合うまでスタンドから手を振る。結果に関わらず「同じ場所から見ていた大人」がいることが、彼にとっての安心感になっていると、今でははっきり感じています。
野球が増やしてくれた、わが家の会話
息子がチームに入ってから数か月が経つころには、わが家の会話の量は目に見えて増えていました。週末の公園でも、平日の夕食の席でも、「今日の練習で一番楽しかったのは?」「新しいポジションをやってみてどうだった?」といった質問が、自然と口をついて出るようになりました。
「宿題やった?」「忘れ物はない?」と確認ばかりしていた以前と比べると、野球の話題が増えたことで、親子の会話が「結果のチェック」から「経験の共有」に変わっていった感覚があります。
プレーを見ているうちに、「ヒットを打ったときだけ」ではなく、「苦手な守備位置にも挑戦した」「怖いフライを一歩前に出て追いかけた」といった場面こそ、「よくチャレンジしたね」と言葉にして伝えたいと思うようになりました。
親である自分も、ルールブックを読んだり、YouTubeで野球解説動画を見たりしながら少しずつ勉強を始め、「ここってどういう狙いなの?」と息子に質問する時間が増えると、彼も「教える側」として自信を持てるようになり、そのやり取り自体が親子のコミュニケーションになっていきました。
面白いことに、「お父さんが見てくれている」と感じられるだけで、息子は失敗したあとも「次はこうしてみる」と前向きな言葉を口にすることが増えました。一方で自分自身も、以前のように「結果」だけを気にするのではなく、「今日はどんな表情でグラウンドに立っていたか」「どんな声を出していたか」といった小さな変化を一緒に味わうことが、日々の楽しみになっています。

他の家庭から見えた「親子コミュニケーション」の形
わが家だけでなく、チームメイトの家庭でも、野球をきっかけに親子の関係が変わっていった話をよく耳にします。例えば共働きで平日はなかなか時間が取れない友人夫婦は、「送りは父親、迎えは母親」と送迎を交代制にするうちに、それぞれが帰り道で子どもと1対1で話せる時間を持てるようになり、「車の中が一番いろいろ話してくれる時間になった」と話していました。
別の父親は、「野球の話になるとつい熱が入りすぎてしまうけれど、そのせいか最近は子どもから『今度の試合、絶対パパも来てよ』とリクエストされるようになった」と照れくさそうに話してくれました。
また、野球経験のない母親は、「最初はキャッチボールなんて怖くて避けていたけれど、思い切って一緒に練習してみたら『ママとボール遊びするの、めちゃくちゃ楽しい!』と何度も言ってくれて、思わず泣きそうになった」と打ち明けてくれました。
中学生で反抗期に差しかかったお子さんを持つ保護者は、「家の中では必要最低限しか話さないのに、キャッチボールだけはなぜか断られない。あの時間だけは、言葉数が少なくても気持ちが通じている気がする」と話していました。
こうした話を聞くたびに、野球の上手下手や経験の有無にかかわらず、一緒にボールを投げ合う「共有時間」そのものが、親子の距離をゆっくり縮めていく鍵になっているのだと感じます。


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