少年野球の現場に20年以上立ち続けていると、「うちの子はこのままで大丈夫でしょうか」「コーチとどう話せばいいか分からないんです」といった、保護者からの相談が尽きることはありません。
子どもの成長を願うからこその葛藤や不安、指導方針や出場機会をめぐるすれ違い、保護者同士の関係の悩みなど、その内容は本当に多岐にわたります。ただ、その一つひとつの悩みと丁寧に向き合っていく過程で、子どもだけでなく保護者や指導者自身も大きく変わっていく姿を、数え切れないほど見てきました。
この記事では、実際の現場で起きた具体的なエピソードをもとに、「どんな悩みが起きやすいのか」「どう対話し、どう乗り越えていったのか」を、指導者の視点から整理して紹介します。
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厳しい言葉に傷ついた子どもと母親の一歩
小学4年生のA君は、元々は誰よりも大きな声で返事をするタイプでしたが、ある時期からグラウンドで表情が硬くなり、ミスをすると今にも泣き出しそうな顔をするようになりました。
練習後、お母さんが「最近、練習の話をしたがらない」と気にされていたので、家庭で様子を聞いてもらったところ、「ミスをするたびに同じ言葉で何度も責められている気がして、グラウンドに行くのが怖い」と打ち明けてくれたそうです。
お母さんはまずA君の話を最後まで遮らずに聞き、「嫌だったね」と気持ちを受け止めたうえで、「ひとりで抱え込まずに、一緒にチームに伝えてみようか」と提案しました。
後日、お母さんと数名の保護者、指導者で話し合いの場をつくり、「頑張ってほしい気持ちが強くて、ついきつい言い方になっていた」とコーチ自身が気づき、A君にも直接「言い過ぎてしまった、ごめん」と謝ることができました。
それ以降、コーチは「できていない点」を指摘する前に「さっきの声出しは良かったぞ」「前に出ようとしていたね」と前向きな声かけを増やすよう意識し、A君も少しずつ笑顔を取り戻しながら、再びグラウンドで大きな声を出せるようになっていきました。
勝利至上主義と子どもの体を守る決断
チームのエースとして期待されていたB君は、学年が上がるにつれて登板間隔が詰まり、練習試合でも「ここはBでいこう」とマウンドを任される機会が急激に増えていきました。ある大会前、肩の違和感を訴えたものの、「ここを乗り越えれば自信になる」と自分に言い聞かせて投げ続けた結果、試合後に腕が上がらないほどの痛みを抱える事態になりました。
病院で「しばらくは投球を控えたほうが良い」という診断を受けたお父さんは、診断書を持参して監督と面談し、「勝ちたい気持ちは一緒ですが、子どもの体を守ることを最優先に考えたい」と冷静に伝えてくださいました。
当初、指導側には「この大事な時期に休ませるのか」という戸惑いもありましたが、話し合いを重ねる中で、全ての投手に共通する投球数の目安や、必ず休養日を設けるルールをチームで定めることになりました。
その結果、B君は十分なリハビリを経て復帰し、「以前よりも体の使い方を意識するようになった」と話すようになり、チーム全体でもケガ予防への意識が高まりました。
コーチと保護者の意見対立と「すり合わせ」の過程
試合での起用法や練習方針をめぐって、「なぜうちの子はあのポジションでは使われないのか」「もっと試合で経験を積ませてほしい」といった声が保護者から上がることは、どのチームでも少なからずあります。
ある年度には、数名の保護者から同時期に似た相談が重なり、グラウンドの外で不満が膨らんでいる空気を感じたため、こちらから「一度、保護者ミーティングの場で率直に話し合いませんか」と提案しました。
ミーティングでは、まず指導側から「勝ち負けよりも、この年代でどんな経験をしてほしいと考えているか」を具体的に共有し、そのうえで「出場機会の配分」や「練習内容の意図」を一つずつ説明しました。
保護者の方にも、「子どもの前で指導方針への不満をこぼさないこと」「試合後は結果ではなく、本人がどう感じたかを聞くこと」をお願いし、「子どもの成長を最優先にする」という共通の目的を繰り返し確認しました。
時間はかかりましたが、数か月後には「以前ほどギスギスした空気がなくなり、子どもたちも安心してプレーできるようになった」との声が聞かれるようになりました。
「保護者同士の関係づくりや安心できる環境については、少年野球チームを支える保護者のための安心関係作りの記事も参考になります。」
「転ばないようにしてください」と言われたとき
長年指導をしていると、「練習中に転ばないようにしてください」「絶対にケガをさせないでください」といった、現場の感覚からすると難しいお願いを受けることもあります。
そうしたときに感じるのは、「過保護」という一言で片づけるのではなく、その背景にある「子どもに痛い思いをさせたくない」「以前のケガがトラウマになっている」といった保護者の不安にまず耳を傾ける必要があるということです。
実際に「転ばないように」とお願いされたときには、「安全管理としてこれだけのことは徹底します」「ただ、走ったりスライディングを学んだりする以上、転ぶ経験自体をゼロにはできません」と、できることとできないことを具体的にお伝えしました。
そのうえで、「転んだときにどう立ち上がるか」「怖さとどう付き合うか」も含めてサポートしていくのが野球の練習であり、一緒に子どもの挑戦を支えていきたいと繰り返し説明すると、多くの保護者は「そこまで考えてくれているなら」と安心して任せてくださるようになります。
クレームから「相談してよかった」への変化
ある日、「最近、子どもが『コーチが怖いから練習に行きたくない』と言っている」と、少し強い口調の電話をいただいたことがありました。「そんなつもりはないのに」という思いが頭をよぎりましたが、その場で反論するのではなく、「一度じっくりお話を聞かせてください」とお伝えし、保護者と子どもを交えた面談の場を設けました。
面談では、まず保護者の不安や怒りを最後まで聞き、「怖さ」を感じている子どもの言葉にも耳を傾けた上で、こちらの意図や練習での様子を具体的に説明しました。
その中で、叱るべき場面とそうでない場面の線引きがあいまいになっていた自分にも気づき、「ここまではチームのルールとして厳しく伝えるが、それ以外はできるだけ前向きな声かけに切り替える」と自分のスタンスを言語化するきっかけにもなりました。
話し合いの最後に保護者から「直接話してみて、子どもの見ていないところでもよく考えてくれていると分かりました。相談してよかったです」と言っていただき、その後は以前よりも遠慮なく悩みを共有してもらえる関係になりました。
保護者同士のトラブルと「チームの軸」の共有
応援の声のかけ方や当番の負担感、ラインでの連絡の取り方などをめぐって、保護者同士の間で小さなすれ違いが積もり、グラウンドの空気が重くなってしまった時期もありました。「応援がうるさすぎる」「当番に来られない人ばかり得をしている」といった不満が直接ではなく陰で交わされるようになると、その雰囲気は子どもたちにも伝わってしまいます。
そうした状況では、一方の話だけを聞いて動くのではなく、保護者全体での話し合いの場を設け、「応援席では子どものプレーを否定しない」「当番の役割と免除の条件をはっきり決める」といった、チームとしての基本ルールを整理して共有しました。
そのうえで、「価値観の違いはあって当然だが、子どもの前で大人同士が対立構造を作らないこと」を共通の約束事としてお願いしたところ、時間をかけて少しずつ誤解が解け、以前よりも協力し合える雰囲気に戻っていきました。
子どもの「やる気が落ちた」とき、まず聞いたこと
ある年度、内野を守っていたC君は、重要な試合で続けてエラーをしてしまったことをきっかけに、練習時間が近づくと「今日はお腹が痛い」と言って家を出たがらなくなりました。お母さんから相談を受けたとき、無理に連れてくるのではなく、まずは練習の前後に少し時間をとって、「最近、野球のどんなところが嫌になってきた?」と本人の気持ちを聞くことから始めました。
しばらく沈黙が続いたあと、C君は「自分がエラーすると、みんなに迷惑をかけている気がする」と小さな声で打ち明けてくれました。そこで、「ミスをしない選手はいないこと」「仲間は君を責めているのではなく、次に一緒に頑張りたいと思っていること」を伝えたうえで、次の練習では「10回連続で捕れたらクリア」といったシンプルなキャッチボールゲームから再スタートしました。
「できた!」という小さな成功体験を積み重ねる中で、C君は徐々に笑顔を取り戻し、自分から「次はノックも受けてみたい」と言えるようになりました。


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