私は少年野球の現場で21年、子どもたちと保護者の成長を間近で見守ってきました。その中で気づいたのは、野球というスポーツを通じて、親子がいかに葛藤し、悩み、そして「共に変わっていく」かということです。
昔も今も、上達しない焦りや出場機会の切なさ、親子関係のすれ違い――さまざまな悩みは途切れません。ですが、悩みながらも交流を重ね、少しずつ親子関係が前向きに変化していくご家族を、私はたくさん支えてきました。
この記事では、実際の現場で出会った相談・指導の体験から、親子のリアルな変化・成長を描いていきます。読んでくださる皆さんにも、自分の体験と重ね合わせ、「親子で悩む日々そのものが成長の第一歩だ」と少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
試合に出られない悩み――親子で乗り越えたA君のケース
「なぜうちの子はベンチなのか?」という相談
何年も前のことですが、A君とそのお母さんとのやりとりは、今も私の記憶に鮮明に残っています。当時A君はコツコツ努力する真面目な子で、あいさつや掃除も誰よりも頑張っていました。ですが、なかなか試合で使ってもらえず、お母さんは「このまま続けて大丈夫でしょうか…」と、不安そうに私に相談されました。
思い返せば、私自身A君には大きなプレッシャーをかけていたかもしれません。というのも、試合のプレーになるとA君はガチガチに緊張し、持っている実力の半分も出せていなかったのです。お母さんは「普段あんなに元気なのに、野球をやめたいと言い出しそうで心配」と涙ぐむ場面もありました。私とお母さんとで何度も話を重ねた経験が、今の指導法にも活きています。
「助言を求める」スタンスの大切さ
このような場合、保護者が「なぜ出さないのか」と不満をぶつけるのではなく、「どこを伸ばせば試合に出られるようになるか」と助言を求める姿勢が大切です。
A君のお母さんには「A君の良いところと、もう少し頑張ってほしいポイント」を率直に伝えました。また、A君自身にも「何を克服すれば出場機会が増えるか」を一緒に考える時間を作りました。
親子で目標設定、少しずつ自信を積み重ねる
A君の家では、まずお母さんが「与えるアドバイス」から「一緒に目標を考える」スタンスに切り替えました。“毎日夜に素振りを30回”、“今月は必ずコーチにも朝の挨拶をする”といった、ほんの些細な目標設定からで十分でした。
この時、特に大事にしたのは「結果よりプロセスを褒める」こと。A君が練習から帰宅したら、「今日は疲れたかな?続いた自分を偉いね」とポンと背中を押し、口出しはしません。1か月もするとA君は自分から「今日はフライを一つも落とさなかった」と報告し、自信を深めていったのです。
私は現場でも家庭でも、達成した小さなアクションを大げさなくらい一緒に喜ぶことが、親子の距離を良い意味で縮めると信じています。
やる気が続かない悩み――親の気持ちが子どもに伝わるBさんの話
「親が関わらないといけない」と気づいた瞬間
Bさんのお子さんは、始めは野球大好きで入団しました。でも数か月たつと、練習の集合時間が近づくと「行きたくない」と言うようになったのです。Bさんご夫婦は共働きで、送り迎えも付き添いもどうしても難しく、最初は“それでも野球が楽しいならそれで良い”という方針でした。
しかし、じつはお子さんが「本当に見てくれてる人がいない」と感じはじめていたことに、ある日突然気付かされました。Bさんがたまたま休みの日にグラウンドへ顔を出したとき、露骨に嬉しそうな姿を見て「本人以上に親の関わり方が大きかった」と痛感されたそうです。
親が変われば子どもも変わる――親子で再スタート
Bさんは「自分のやる気が子どもにも伝わっていた」と気づき、積極的に練習を見学したり、休日にキャッチボールに付き合うようになりました。すると、子どもも徐々に練習に前向きになり、表情が明るくなっていきました。親子で一緒に目標を立て、達成したら一緒に喜ぶ――そんな日々を重ねるうちに、Bさん親子は以前よりも強い絆で結ばれていきました。
補欠でも親子で成長できる――C君家族の前向き戦略
「補欠でも腐らずに前向きに」
C君は記憶に残る控え選手でした。どんなに練習しても、主力選手との差が大きく、3年間の大半で“補欠”の座に甘んじていました。ご両親も「本人も頑張っているのに、辛そうだ」「辞めた方がよいのか」と真剣に私に相談を寄せてこられました。私も正直、彼の姿に胸が熱くなった経験があります。
困難だったのは、“ただ我慢の時間”ではなく、“何のための補欠経験か”を親子で見つけること。C君とご両親には「縁の下で支えることや、チームを鼓舞するだけでも、成長できる」と何度も伝えました。実際、C君はベンチから誰よりも大きな声で応援し、ある試合ではベンチリーダーを任され自分に誇りを持つようになりました。
親御さん曰く「補欠の時間がなかったら、失敗を観察する力や、人を支える喜びは知らなかった」と後から話してくれました。補欠生活のうちの一打席で放ったヒットは、本人にとっても家族にとっても忘れられない瞬間でした。
親子で「今できること」に目を向ける
C君と親御さんは「ベンチから声を出してチームを盛り上げる」「苦手なフライを克服する」など、今できることに積極的に取り組むようになりました。
親御さんも「子どもの努力を認め、前向きな言葉をかける」ことを意識し、親子で成長を実感できるようになりました。やがてC君は試合で代打として起用され、見事にヒットを打つことができました。この経験は親子にとってかけがえのない財産となりました。
「教えすぎ」から「見守る」へ――Dさん家族の気づき
親が口を出しすぎてしまう悩み
私自身、コーチとして一番悩んだのが、自分の伝え方が保護者と同じように「細かすぎる」「与えすぎてしまう」ことに気づいたときでした。実際、Dさん親子は父親が元野球部で、つい熱が入りすぎて「それじゃボールが伸びない」「もっと足腰を」と矢継ぎ早に指示する毎日になりがちでした。
練習後、私のもとにお母さんとともに相談に来たDさんは、「子どもが自分で考えて動いてほしいけど口だけになってしまう」と涙ぐみました。
そこで私はDさんに「答えではなく“ヒントだけ渡す”方法」を提案しました。翌日から「どこが難しかった?」「今日は自分で何に気付けた?」と、子どもが考えるワークを一緒に作りました。それ以降、Dさん親子の距離感に、確かな変化が生まれました。
「自分で発見する」ことの大切さ
私は「教えすぎず、ヒントを与えるだけで十分です。子どもが自分で気づくことが一番の成長につながります」とアドバイスしました。
Dさんは「今日はどうだった?」「自分で考えてみて」と問いかけるスタイルに変え、子どもが自分なりに工夫して練習するようになりました。親子の会話も増え、子どもは自信を持ってプレーできるようになりました。
親子の距離感――「見守る」ことの力
ガミガミ言わず、そっと見守る母親の力
名門校の監督からも「母親は後ろから見守るくらいが良い」とアドバイスを受けたことがあります。私自身も、親御さんには「細かく口出しせず、努力や習慣をそっと見守ってあげてください」と伝えています。
子どもは親の視線や態度を敏感に感じ取ります。日記をつけて見守る、やる気がない日は「今日はしないんだね」とだけ伝える――そんな距離感が、子どもに自立心を育てます。
失敗も経験のうち――自分で責任を取る力
コーチとして何度も経験したことですが、忘れ物や遅刻、打てなかった…という失敗ですぐに親や大人が手伝ってしまうケースは非常に多いです。ですが、不思議と「自分で解決する経験」を積み重ねた子どもは、自ら考え、立て直す力を身につけていきました。
私自身も、昔自分の子どもがグラブを忘れて帰り道で泣いたとき、「そのまま次の練習まで貸し出しグラブだけで我慢させた」経験があります。家では怒らず、「次から自分の持ち物表を作ろう」とだけ伝えたところ、子どもは自分で対策メモを作るようになり、驚くほど成長しました。
不器用でも前向きに失敗を任せる、その勇気が親子の信頼関係につながっていきます。
親子で成長するために必要なこと
素直さとチャレンジ精神を育てる
「素直にいろんな話を聞いて、いろんなことを試してみる」――これは、子どもが成長するうえでとても大切な資質です。
親が「まずは監督やコーチの話を聞いてみよう」と伝えることで、子どもも素直にチャレンジできるようになります。親自身が学ぶ姿勢を見せることも、子どもの成長に大きく影響します。
親子で悩み、乗り越える経験が成長の糧に
保護者からの相談を受けるたびに感じるのは、「親子で悩み、向き合い、乗り越える過程そのものが、何よりの成長ストーリー」だということです。試合に出られない、やる気が続かない、補欠で悩む――どんな悩みも、親子で一緒に考え、行動し、少しずつ前に進むことで、必ず成長につながります。
まとめ――相談現場で見えた親子の成長ストーリー
21年にわたり、保護者や子どもたちと関わったことで、「一緒に悩み、前を向いて進む時間こそ親子の最大の財産」だと痛感しています。うまくできない苦しさも、補欠で泣いた夜も、家族やチームメイトと支え合って次の一歩を踏み出す姿に、私は何度も心を打たれました。
親御さん自身も、毎日答えの見えない子育てやサポートを頑張っておられると思います。「失敗してもいい、ささいな一歩でもいい」。そんな気持ちで、これからも現場で親子とともに歩み続けたい――それが私の願いです。どんなご家庭にも、必ず「親子だからこそ得られる成長ストーリー」があると信じています。
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